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折々の京ことば

ぼっかぶり

大きいアブラムシ。ゴキカブリからボッカブリとなまった。
御器は食物を盛る蓋付きの碗。
カブルはかじるの意。台所に出て食器・食品をかじる。
一般にゴキブリという。
祇園のお茶屋では、台所へ来て、無駄話に時間を過ごす客を
あざけってアブラムシという。
アブラムシは油に浸したような光沢がある。
油を売る、怠けることをアブラトルという。
主人の目をぬすんで怠ける者はアブラトリ。



                    堀井令以知著「折々の京ことば」より


シジミ蝶
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by jugeme | 2008-09-29 16:47 | 京ことば | Trackback | Comments(4)

折々の京ことば

むしくしする

「おなか(腹)がムシクシスル」は腹がちくちく痛むのをいう。
「あいつのすることを見ているとムシクシスルわ」のムシクシは、
腹が立って耐えられない、むしゃくしゃすること。
ムシは「腹の虫」、クシは「苦しい」ことである。
今の若者のキレル状態である。
「思わせぶる」ことをムシオコシという。
「こんなムシオコシやったら、ないのと同じこっちゃ」のムシも
腹の虫で、食欲、さらに欲を起こさせること。


                    堀井令以知著「折々の京ことば」より


シジミ蝶
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by jugeme | 2008-09-29 16:34 | 京ことば | Trackback | Comments(0)

折々の京ことば

にじくる


「そんなにあっちゃこっちゃニジクルもんやない」。
なすりつける。塗りつける。ニシクルともいう。
擦り付ける、じりじりと押し付けるの意味のニジルに、繰り返す、
こね回すの意味のクル(繰る)を付けて作った。「にじり寄る」「にじり出る」というし、
茶室には「にじり口」がある。「にじり書き」といえば、筆を紙に押さえ付けるようにして
下手な文字を書くことになる。


               堀井令以知著「折々の京ことば」より


オリーブの実
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by jugeme | 2008-09-27 07:45 | 京ことば | Trackback | Comments(0)

折々の京ことば

あか

小豆のこと。御所ことばに基づく。
色が赤いのでいう。
宮廷の日記に「上らふ(上臈)よりきんとん(金団)にあか(小豆)の入たるまいる」とある。
アカゾロは、煮た小豆に砂糖をかけたもの。
アカノカチンは、小豆餡を付けた餅で、カチンは餅のこと。
尼門跡寺院ではアカノオカチンという。
標準語のアズキは、「斎(いつき)」という語と関係があろう。
身を清める神に仕える「斎」の始終に、小豆を餅に塗った。


                    堀井令以知著「折々の京ことば」より


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by jugeme | 2008-09-27 07:27 | 京ことば | Trackback | Comments(0)

折々の京ことば

しんきくさい


「何をやらしてもシンキクサイやつや」。
じれったい。もどかしい。どんな仕事をさせてもぐずぐずして、
もどかしいさま、じれったい思いの人にいう。
「まだバス来やへんのかいな、ああシンキクサ」と嘆く。
シンキは「心気」で、心持ち、気分の意。
「辛気」と書くのは当て字。クサイを付け不快を示す。シンキナとも。
「ほんまにこの子はシンキナ子やなぁ」。
動作や反応が鈍いのをトロイ・トロコイという。




                   堀井令以知著「折々の京ことば」より


ヤブラン
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by jugeme | 2008-09-25 07:22 | 京ことば | Trackback | Comments(0)

折々の京ことば

こたち


五歳から十歳ぐらいの他人の子供を指す丁寧語。
オコタチは、さらに敬意は高い。
「おたくのオコタチはお行儀がよろしおすなぁ」と。
「オコタチはお一人どすか}と単数でも用いる。
江戸時代、真政八(1796)年の「女諸礼綾錦」という婦人教養書には
「子供」の見出しで、「こたち。男はわこ、女はひめご」とある。
小さい子供をジャコ・コメンド・コメンジャとも言った。



                   堀井令以知著「折々の京ことば」より


フウセンカヅラ
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by jugeme | 2008-09-25 07:14 | 京ことば | Trackback | Comments(0)

折々の京ことば

ほとけばな

彼岸花。
京都市内でもいくつかの名称が知られる。
彼岸のころに咲くのでホトケバナと仏を冠する。
墓地近くに咲く花なのでシビトバナ・シブトバナなどという。
キツネグサ・キツネバナと狐を付けるのは、うさん臭い場所に咲くから。
花の形状からジャンギリ・ザンギリと呼ぶのは、明治初年の「散切り頭」から。
マンジュシャゲはサンスクリット語の「天上に咲く花」の意。
ギョウジャバナは行者の姿の連想による。


                 堀井令以知著「折々の京ことば」より



デュランタ宝塚
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by jugeme | 2008-09-23 09:09 | 京ことば | Trackback | Comments(2)

折々の京ことば

こそばい

「そんなとこ触ったら、コソバイわ」。くすぐったい。
「そないに誉められてコソバイな」のように「恥ずかしい」の意味にもなる。
室町時代からつかわれ、「こそばゆし」から。
「大言海」によれば、コソはコソグルからで、ハユシは耐えられない(羞恥)の意からという。
コソグルはコソグ(こすり削る)のコソにクル(繰る)を付けた。
コソボルはコソボースルの影響による。
幼児語でコチョコチョスルと。



                  堀井令以知著「折々の京ことば」より


コエビソウ
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by jugeme | 2008-09-23 07:28 | 京ことば | Trackback | Comments(0)

折々の京ことば

あい

普段。平素の意味。
「アイはこんなゴッツォ(ご馳走)食べられへん」。
ご馳走をゴッツォのようにつづめていう。古来、場所と場所の間、時と時の間をアイといった。
共通語では、アイは「間」の意味で、物と物の間をいうことが多い。
トキが時間の重要な節目を指す語であったので、普段の日はアイというようになった。
古代から「夢の相(夢で会うこと)」のように、アイを名詞化して用いた。


              堀井令以知著「折々の京ことば」より


ある日の夕暮れ
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by jugeme | 2008-09-21 09:24 | 京ことば | Trackback | Comments(0)

折々の京ことば

さら

「サラの靴買うてきた」「サラの服着て、デートに行くのか」。
新品のこと。「新た」のアラに接頭語サを付け、サアラからサラとなった。
「和訓栞」に「さら。更を訓むは新に通ず、今もあらたにすることを、さらに云へり」とある。
サラッピン・サラピンともいう。サラの品のこと。
「洗濯したらマッサラみたいになった」と、真新しいことマッサラ。
丹波で「新たに」の意味でサラキニ・サラツニという。



                 堀井令以知著「折々の京ことば」より


ミニバラ
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by jugeme | 2008-09-21 09:16 | 京ことば | Trackback | Comments(0)